7月 エゴノネコアシフシ( エゴの猫足付子 )

 写真に見るバナナの房状のものは、エゴノネコアシアブラムシが、エゴノキの芽に寄生して分泌物を出した結果、植物組織が異常発育して出来たコブ(瘤)状のもので、猫の足の形に似ていることから、ネコノアシフシ(猫の足付子)と呼ばれている。この虫コブ(瘤)のことを虫えい(癭)とかゴール(gall)、フシ(付子)とも呼ぶ。

 エゴノキは、その実が強いアクのある味=エグイ味であることからエゴノキの名がついたようであるが、エゴノキで越冬した受精卵が春に孵化し、無翅型(翅がない)のメスが生まれ、エゴノキの芽で吸汁すると、その刺激でエゴノキの芽が変形し、バナナの房状の虫こぶが形成される。こぶの中で単為生殖で無数の雌幼虫が増殖し、やがて有翅型が誕生して、7月になると虫こぶから外界に飛び立ち、イネ科のアシボソに移動する。アシボソでも単為生殖で無翅型の世代が繰り返され、秋になると有翅型が羽化し、エゴノキに戻ると雌と雄の有性虫が生まれ、交尾後産卵する。この受精卵が越冬して翌春に羽化し、新芽で虫こぶを創るという生活史を繰り返す。

 さて、エゴノネコアシアブラムシが新芽で吸汁する時に出す分泌物が、なぜ植物組織を異常発育させるのか、エゴノキで繁殖した子孫が、夏にはイネ科のアシボソに移動して繁殖し、秋には再びエゴノキに移動するという複雑な食草の変化をなぜ行うのか、これらの理由が全く不明である。また、エゴノキの虫こぶの中で繁殖した多数の幼虫が出す排泄物を、虫こぶは吸収しているが、エゴノキにとって、どのような影響があるのかも不明である。則ち、エゴノネコアシアブラムシは、一方的にエゴノキやアシボソを利用している(片利共生)のか、利用されているエゴノキやアシボソにとっても利益がある(相利共生)のか、その関係性も分かっていない。生物学の分野は分類に関して進んでいるが、分かっていない事が多すぎる。

 昔の人は、ウルシ科のヌルデにつくヌルデシロアブラムシが作った虫瘤(五倍子、フシと呼んだ)から採れるタンニンを使って、下痢止め、止血剤などの薬剤、衣服やお歯黒の染料に利用していた。将来、ネコノアシフシ(虫瘤)から、妙薬が発見されるかもしれないと考えると、今更のように生物多様性の重要性を認識させられる。

7月 モクズガニ(藻屑蟹) イワガニ科

 北海道~沖縄の川に生息するカニで、甲羅の幅は8~10㎝、体重は180~200gと、川に産するカニの中では大型種。食用として有名な「上海蟹」(チュウゴクモクズガニ)の同属異種であり、同様に美味なため国内各地で食用とされ、ズガニ、ツガニ、ヤマタロウなどの地方名も多い。鋏をもつ脚に濃い褐色の毛が生えるのが特徴で、脱皮直後の毛は白髪のように白色だが、次第に黒くなり、鋏に藻屑が絡まった様に見えるところから、藻屑ガニの標準和名となった。

 食性は、カワニナなどの貝類や両生類、小魚などを捕食し、共食いの場面に出会うことから、肉食性と考えられていた。しかし、捕らえた野生の個体の胃内容物を調べると、殆どは川底から集められた枯れた植物の破片や、石の表面に着いた糸状緑藻類が殆どであることから、植物食が本来の食性であり、肉食は機会的である雑食性とされている。

 繁殖は、親が秋から冬にかけて降河して、塩分濃度の高い潮間~潮下帯で交尾し、20万から100万個の直径0.3~0.4㎜の卵を産卵する。ウナギと同様の「降河回遊」性の産卵である。水温に応じて2週間~2ヶ月かけて、孵化するまで腹肢に卵を抱え保護する。甲幅が5㎜程度になると淡水域に遡上し、上流まで分布域を拡げる。

 観察園で展示のモクズガニは、伊豆狩野川上流の用水路で捕獲されたものであるが、多摩川支流大栗川の中央大キャンパスの南辺でも捕獲された。多摩川の清流が戻りつつある証拠として喜ばしい。

 食用部位は、甲羅を開くと現れる「カニ味噌(中腸腺)」や、雌の卵巣で、上海ガニに勝るとも劣らないほど美味である。社会人となり大分県に転勤した50年前は、いわゆる独身貴族であったため、高級小料理店に入り、大野川で獲れた、モクズガニを何回か堪能した。カニ味噌は時間とともに急速に味が落ちていくので、新鮮なモクズガニは、上海ガニのカニ味噌よりも、はるかに美味かった。

 上海ガニは、今では名産の江蘇省陽澄湖のモノではなく、周囲での養殖モノが多いと聞く。そこでだが、日本人は作り込み、栽培し、養殖して良いモノを育て上げ、創りだすことに「特異能」を持った民族だと筆者は確信している。近いうちに、今ではつましい年金生活者である筆者でも、高価なモクズガニを口にすることができるよう、日本での養殖が盛んになってくれないかなぁと、願う今日この頃である。