7月の植物 ボタンクサギ

中国南部~インド北部原産の落葉低木で、樹高1~2m、地下茎から芽を出して広い範囲に茂る。梅雨時から夏にかけて、ピンク色の小花が直径15cmほどのボール状にまとまって咲く。綺麗な花だ。花には、ほんのりよい香りもする。開花する花が少ないこの時期には、クロアゲハ、カラスアゲハ、ナガサキアゲハなどが好んで吸蜜に飛来する。しかし、葉に触れると独特の臭気がムワーッと辺りに漂う。クサギ(臭木)の葉の臭いだ。クサギも本種も同じシソ科クサギ属なのだ。花はボタンのように綺麗だが、葉はクサギ(臭木)と同じ臭いなので、ボタンクサギの名になった。名を聞いただけで臭い木と推測でき、近寄るのが躊躇される。変な名前を付けられて悲しむべきか。
だが、気の毒な名前はもっとある。ママコノシリヌグイ、オオイヌノフグリ、ハキダメギク、ヘクソカズラ、ジゴクノカマノフタ・・・・。クサギの名前をつけた見返りに、バランスをとって綺麗な花の代表たるボタン(牡丹)の名も併せ付けたのだから、我慢してなァ~と、見るたびに声掛けしている。

7月の植物 フユザンショウ

冬になって、わずかながらも緑のままの葉を落とさないところからの名前。サンショウやイヌザンショウに比べ、葉は楕円形でなく披針形になり、ヌルデのように葉軸に翼がある。雌雄別株だが、日本では雌株しか存在せず、ヤマコウバシと同様に雌株だけで実をつけ単為生殖する。刺は大きく長いので、オニザンショウの別名がある。漢名は秦椒・竹葉椒。石灰岩や石灰分の多い地質を好むためか、火山灰地の東京近辺ではあまり見られない。中国では、食用として花椒(華北山椒)だけでなく、ほかの山椒も食べたり、薬用にしていた。麻婆豆腐には日本のサンショウでは辛みが足りず、ウナギの蒲焼には香り高い日本のサンショウの方が良い。中国ではカラスザンショウの新芽も食用にしていが、油を使った料理では、アクや辛みがマイルドになるからだろう。

7月の生きもの スズバチ

元来は東南アジアのハチで、1990年代に小笠原諸島で発見されたのが最初。現在では日本全土で見られる。枝には球形(鈴形の)、壁などにはお猪口をひっくり返したような形の巣を粘土で作り、その中に幼虫を産み、麻酔で眠らせたイモムシを餌として一緒に閉じ込める。いくつかそのような個室ができると、その全体を覆うように泥の覆いを作ってかぶせる(写真参照)。スズバチの幼虫はそのイモムシを食べて成長する。スズメバチ科に属するが、単独性の種で、人間に襲いかかる攻撃性は少なく、刺されても毒性は弱い。玄関の軒先やベランダの屋根などに、粘土製の巣をつくり、建物を汚すので、取り除くことをも考える。だが、この巣はこのままにしておきたい。というのは、オオセイボウ(大青蜂)という、青から緑色に美しく光る蜂が、このスズバチの幼虫に寄生して繁殖するからである。このオオセイボウの姿を見たいので、スズバチにしばらく軒を貸してやろうとの魂胆である。人間て・・・勝手だねぇ。因みに英名はJewel wasps といい、宝石蜂(腰の細くくびれた蜂)という。

7月の生きもの ツマグロヒョウモンのメス

オレンジ色の地に黒い斑点が並んだ豹柄模様の翅をもつ、いわゆるヒョウモンチョウの仲間は、日本では14種が見られ、主として日当たりの良い森林の周辺、草原、湿原、岩場などに棲息。スミレ類、ワレモコウ類などを食草として生活し、寒冷地を好む種類が多い。しかし、ツマグロヒョウモンは、他のヒョウモンチョウとは対照的に、インドシナ半島、オーストラリア、日本までの熱帯~温帯域に広く分布している。雄の翅の表側は一般的なヒョウモンチョウ類に典型的な豹柄だが、雌は前翅の先端部表面が黒紫色の地に白い帯が横断する模様となっている。全体に鮮やかで目立つ色合いで、これは有毒のチョウのカバマダラに擬態して身を守っていると考えられ、ひらひらと舞う飛び方も同種に似る。日本では、1980年代までは近畿地方以西に分布が限られていたが、徐々に生息域が北上し、2006年には関東地方北部でも定着するようになった。武蔵野市では春~秋にかけて、普通に見られるチョウになってきた。ナガサキアゲハと同様に、温暖化の指標生物になっている。一方、擬態する相手の毒蝶のカバマダラは、以前は南西諸島以南の分布であったが、近年は鹿児島県南部でも定着している。しかし、関東地方のツマグロヒョウモンは、守り神ナシで分布を広げていることになる。

7月の生きもの クサガメ

驚いたり、危険を感じると四肢の付け根にある臭腺から強烈な臭いを出すことからの名前。流れの緩やかな河川、池沼、水田などに棲息。18世紀末に朝鮮半島から移入されたものと考えられている。その後もペットとして輸入された中国産の個体が、近年各地で遺棄されて繁殖している。寿命は20年~30年以上、成長すると雌は30㎝以上になり、家庭内で飼育するのが困難となる。日本在来種のイシガメは、クサガメの繁殖により数を減らしており、クサガメもミシシッピアカミミガメ繁殖により、減数傾向にあるようだ。

7月の植物 オニユリ

日本、朝鮮半島、中国の平地~低山で見られる花であるが、日本では人里近くに限られる種である。ヒガンバナやシャガと同様に三倍体のため、種子はできず、葉の脇にできるムカゴ(珠芽)で繁殖する。朝鮮半島に二倍体があり、対馬には二倍体が多く自生し三倍体と混生する。このことから、古い時代に食用として朝鮮から渡来したと考えられている。珠芽の形成に栄養を取られ、親の球根があまり大きくならないので、現代では食用のユリネは、同じ仲間だが珠芽をつくらないコオニユリが栽培・供給されている。花色が濃橙色で花弁が後ろ向きに反り返っている姿なので、怒った赤鬼を思わせることからついた名前と思われるが、可哀そうだ。とは言え、日本では、濃紅色~淡紅色の花弁をもつ草花は非常に多いが、濃橙色や赤色の花は極めて少ないため、違和感を覚え毒々しく感じる。草丈2mにもなるオニユリが、多数の花をつけ、しかも毒々しい濃橙色の花弁の先端をそり返させた花姿に出会うと、正直言って、筆者も少なからずギョッとする。

7月の植物 ノリウツギ

樹高2m~5mになる落葉灌木で、枝が細く長く伸びて先端の重さで倒れ、つる植物のように見えることもある。樹皮から粘液をとり、和紙を漉くときのコウゾなどの繊維の分散・浮上材(ネリ)として使用したことからの名前で(ネバリ⇒ネリ⇒ノリ)、別名ノリノキ、北海道でサビタという。現在ではノリウツギに代わり、より粘度の高いトロロアオイの根から抽出した粘液や化学糊を使うことが多くなったが、粘度の高いガンピ(雁皮)から和紙をつくる場合は、より低い粘度のノリウツギを使うことが多いようだ。全国手すき和紙連合会の調査では、漉き手がネリとして使用するものとして、トロロアオイは約60%、化学ネリは13%、ノリウツギは10%弱とのことである。アジサイと同様に、花房には萼が変化した装飾花が混在し、花が枯れてからも茶色くなって翌年以降まで残る。ある村の美しい乙女が、若者からプロポーズされたが、それをお断りするのに、乙女は「この花が散る時がきたらお返事します」と答えたそうだ。若者は燃ゆる思いで返事を待ち焦がれたが、いつまでも返事がもらえなかったという話がある。

7月の生きもの オイカワ

水流が速く日当たりの良い川の、平瀬を好んで生息する。本来は琵琶湖産であるが、琵琶湖のアユやゲンゴロウブナ(ヘラブナ)の放流に伴い、分布が広がり、繁殖した。そのため、シラハエ(近畿)、ヤマベ(関東)、ジンケン(東北)など、各地での地方名が多い。姿がきれい、引きがよい、味がよいので釣魚として人気が出た。筆者が小学生の頃、よく親父がヤマベ釣りに連れて行ってくれた。酒匂川(神奈川)、養老川(千葉)、秋山川(山梨)などの、緑あふれる清流で1日釣りをして過ごした。今では、全国的な河川改修と経済成長により、河岸の景色は、住宅地、工業団地、ダムのバックウォター化などにより様変わりした。岸辺のレンゲやナノハナ、ヒバリの囀り、眠たそうにモォ~と聞こえてくる牛の鳴き声など、のどかな別世界の中の清流は消えてしまった。

7月の生きもの ナガサキアゲハ

江戸時代の1823年に来日したシーボルトが、長崎で発見して広く世に知られるようになったことからの名前。江戸時代では九州以南に限られていた分布域は、拡大しつつあり、1940年代では山口県南部や高知県南部でも見られるようになり、1960年代には淡路島、2000年初頭には福井県や神奈川県西部の太平洋側で越冬が確認され、2007年には茨城県南西部、2009年には栃木県南部で多数見られた。この年には宮城県名取市でも見られている。こうした分布の変遷から、本種は地球温暖化の指標種として注目されている。筆者がチョウの採集をしていた中学時代の1950年代は、ナガサキアゲハは南方の憧れの別格のチョウであったが、今では武蔵野市で普通にみられるチョウになり下がってしまった。そんなことに大きな失意を感じる小生の気持ちを理解してくれる人は・・・・いない。

7月の植物 チダケサシ

夏に高さ1mほどの長い花茎を出して、ほぼ白色~薄紅色の花を咲かせる。夏から秋にかけて山で採取したチチタケ(チタケとも言う)を、持ち帰るのに、本種の長くて堅い花茎にチチタケをさして持ち帰ったことからの名前。チチタケは独特のよい出汁が出るため、特に栃木県ではマツタケよりも高価に取引され、炒めたナスとチチタケをつゆに用いる「ちたけ蕎麦」は代表的な郷土料理となっている。さて、チチタケの傘の部分はもろいのだが、チダケサシの花茎をどのようにチチタケにさして持ち運んだのだろうか。柄の部分にイワシの目刺しのように並べて花茎をさしたのだろうか、それとも、傘の上から柄の根元部分へ挿し通して、傘が触れ合って欠損しないよう固定して運んだのだろうか。目刺しのように刺したなら「乳茸刺」だが、傘から柄へ通して運んだとなると「乳茸挿」ではないだろうか・・・書物では一様に「乳茸刺」となっているが・・・・。ヒマ老人の考えることはくだらない・・・・か。