9月 オミナエシ(女郎花) オミナエシ科

 オミナエシは、沖縄を除く日本全土および中国~東シベリアにかけて分布している。日当たりのよい肥沃な草原に生育し、夏から秋にかけ、地表に広がる根生葉から1mほどの長い花茎をのばし、その先端に黄色い小花を平らな散房状に多数咲かせる。咲いているのが1株だけだとさほど目立つ花ではないが、多くの株がまとまって開花していると、光沢のある黄色い小花が秋の陽に輝いて美しい。

 しかし、秋の七草の一つとして、日本では古くから親しまれている草原植物であるにもかかわらず、オミナエシの名前の由来が明確ではない。牧野富太郎は、同属でよく似ていて白花のオトコエシ(男郎花)に対応して、優しい感じがするところからオミナエシ(女郎花)と名付けられたとし、「エシ」の意味は不明と素っ気ない説明をしている。

 このことから、「エシ」は「圧し(へし)」が変化したものであり、花の美しさは美女を圧倒する意味だとする説がある。だとすれば、地味な白花にオトコエシの名をつけるのは、筋が通らない。

 筆者はオミナエシはオミナメシ、オトコエシはオトコメシが変化したものと考える。則ち、中国の本草書ではオミナエシもオトコエシも「敗醤(はいしょう)」と呼ぶ。この属の植物が、腐った(敗)醤(ひしお)のような異臭を持つことからである。日本現存最古の薬物辞典(本草書)である深江輔仁著『本草和名』延喜18(918)年は、敗醬の和名はチメクサと記している。一方、和歌を詠む上流階級の人達は、敗醤では和歌にふさわしくないと見て、女郎花の漢字をあてたのではないか。だが、一般の農民などはチメクサのほか、分かりやすい名前として、オミナエシをボン(盆)バナ、アワ(粟)バナ、オミナメシ(女郎飯)、オトコエシをオトコメシ(男飯)と呼んでいたようだ。筆者はオミナメシ、オトコメシが変化してオミナエシ、オトコエシとなったと考える。  則ち、女性は黄色い粟の飯を食べ、農作業の労働の代償として、男性は白い米の飯を食べたということではないか。これ以上書くと、男尊女卑の思想ではないかと非難されそうなので、ここでやめておこう。

9月 オオミズアオ(大水青) ヤママユガ科

 ガの一種で、国内では北海道~九州、国外では朝鮮半島~中国・ロシア南東部の平地から高原までと生息域の広い北方系のガと言える。

 ガというと、薄汚れた茶色の羽根をイメージするが、このガは美しい青白色をしたアゲハチョウのように大型のガで、羽根を拡げると12㎝になり、夜に飛来し鮮やかなため「月の女神」の別名がある。

 出現期は5~8月頃で、初夏と晩夏の2回発生し蛹で越冬する。幼虫は緑色の芋虫で、イラガの幼虫を大きくしたような姿であり、モミジ、ウメ・サクラなどのバラ科、ブナ科、カバノキ科、ミズキ科ほか多くの樹木の葉を食べる。従って、幼虫や成虫が生き延びることのできる環境が残された、都心の街路樹などでも見かけることがある。

 しかし、人は巣箱をかけ、愛鳥週間などを設けて野鳥を愛するが、そのエサとなるムシ、とりわけケムシ、イモムシを毛嫌いするのでムシが生き延びる環境が破壊され、市街地ではムシよりも野鳥の数が多く、バランスが崩れ、ムシが減少している。そのため、少年達の昆虫採集の楽しみが失われてしまった。

 ここ観察園では、南方系のシマサルスベリ(ミソハギ科)の葉で幼虫が3匹見つかった。生物多様性保全に注力している当園としては大変喜ばしい出来事であった。その成長を毎日見守っていたが、ある日、3匹のうち1匹がハラビロカマキリにまさに食べられている光景にであった。色々な生物の繁殖に努めている当園としては、やむを得ないことであるが、美しい「月の女神」にはもっと繁殖して欲しい。残る2匹は飼育ケースに保護し育てることにした。

 幼虫を蛹まで育てるのは易しい。しかし、成虫は口が退化しており、何も食べず、1週間ほどで交尾し産卵して死んでしまう。あわただしく儚い命である。観察園ではもっと多くの「月の女神」が夜空を舞うことができるようにしたいものである。

9月 アケビコノハ(通草木葉蛾)幼虫 ヤガ科

 羽根を拡げた大きさは10㎝にもなる大型のガで、日本では北海道~沖縄、海外では台湾、ボルネオ、スマトラ、印度などに産する南方系のガである。

 このガの前羽根は枯葉そっくりの形・色・模様で、羽根を閉じ前羽根だけが見えている状態で落ち葉等に止まっている時には、まったく周囲の枯葉と同化して見分けることができない。「隠蔽型擬態」のチャンピオンともいえる。しかしカエルなどの敵が近づくと、前羽根を少し上方にあげて下羽根が見える姿勢をとる。この下羽根は警戒色の鮮やかなオレンジ色をしており、かつ、大きな黒い目玉模様があるので、ネコなど獣の目玉ようで、相手をギョッとさせる効果をもっている。

 さらに8㎝程にもなる幼虫は、黒い体色に白い縁取りの蛇の目模様をつけており、小鳥等が近づくと、蛇の目模様の部分を折り曲げて上に持ち上げ、蛇が鎌首を持ちあげた姿勢をとる。これは強い生きものに似せてハッタリをかませる「ベイツ型擬態」であり、アケビコノハは「隠蔽型擬態」と「ベイツ型擬態」の両方の身を守る手段をもつ生物であり、進化の妙を感じる。

 幼虫はミツバアケビ、ムベなどのアケビ科、アオツヅラフジなどのツヅラフジ科、ヒイラギナンテンなどのメギ科などの葉を食べて育つ。成虫は5月~10月に2回羽化し、成虫で地上で越冬する。だが、成虫の時期には、鋭く硬い口吻を果物に突き刺し吸汁する生活を送る。モモ、リンゴ、ナシ、ブドウ、柑橘類などが被害を受け商品価値を下げる悪さをする。そのため、果樹園ではアケビコノハは警戒され、細かい目のネットを張るなどの防御策をとったりする。

 観察園でオオミズアオに続き、アケビコノハが見つかったことは、観察園の自然状態が良好に保たれている証拠として大変喜ばしいことと喜んでいるが、果樹に被害を及ぼすことを忘れてはならない。しかし幼虫が育つアケビ科の植物などは園内に少なく、成虫が吸汁するヤマブドウなどのブドウ科植物、ウンシュウミカンなどの柑橘類が多く植栽されており、かつ、観察園は野鳥のエサ場となっていて、多くの野鳥が訪れて営巣する状態なので、生き残るアケビコノハは極めて少ないものと考えられる。他所の果実に被害を及ぼすまで繁殖できず、園内でちんまりと静かに生きていて欲しいと思う。

9月 ナツズイセン(夏水仙) ヒガンバナ科

古代に中国から渡来した帰化植物で、本州~九州の人里近くの山野、草地、道端などに自生する球根植物。ヒガンバナの仲間だが、葉の形が、より幅広のスイセンの葉に似ており、夏に花を咲かせることからの名前。

早春に葉を出し、夏前に葉は枯れ、真夏になると花径を伸ばし、先端に数輪のピンク色の花をつける。リコリス・スプレンゲリ(Lycolis sprengeri、ムラサキキツネノカミソリ)によく似た花だが、ナツズイセンはピンク一色に対し、スプレンゲリはピンクの花弁の先端が青色を帯びることで識別できる。それもそのはず、ナツズイセンはL. sprengeri とL.Incarnata (タヌキのカミソリ)あるいはリコリス・ストラミネア(L.straminea)との自然交配種と見られている。

土葬が一般的な時代は、ネズミその他の獣による墓荒らしを防ぐため、球根が有毒なヒガンバナなどLycolis 類が墓周辺に植えられた。それゆえ好まれる花ではなかった。しかし欧米では人気があり、交配により色々な品種が生まれている。そのためか、火葬が一般的になったためか、日本でも人気が出始めた。