自然観察園ご利用に際してのお知らせ

新型コロナウイルス感染防止対策のため開園時間が変更となっています。

開園時間
 火から金曜日:13時から16時まで
 土・日・祝日:10時から16時まで

入園に際してのお願い
・過去2週間以内に感染が引き続き拡大している国・地域への訪問歴がある場合は入園をご遠慮ください。
・体調不良の方は入園をご遠慮ください。
・マスクを必ず着用してください。
・人と人との距離(ソーシャルディスタンス)を十分に確保してください。
・消毒による貴重な生物への影響を考慮し、トイレは当面の間使用できません。
・管理棟内をご利用頂く際には検温をお願いしています。

11月 シロヨメナ(白嫁菜、ヤマシロギク)キク科

 青紫を帯びた花が咲くヨメナに対して、よく似ていて白い花が咲くことからシロヨメナと名付けられた。別名をヤマシロギクという。山野の陽が当たらないところにひっそりと自生していて、秋には小さくかわいらしい花をたくさん咲かせ賑やかになる。観察園の入口ゲートを入ってすぐの北向き花壇(サクラの大木の北側で日陰になる)は、今、いつの間にか繁茂したシロヨメナが満開で、白く賑やかだ。「丈夫」「隠れた美しさ」という花言葉通りの生き様である。

 シロヨメナはヨメナの名がついているが、ヨメナはヨメナ属であり、シロヨメナは日の当たる草原に生えるイナカギクと同じシオン属である。だが、イナカギクの別名もまたヤマシロギクであり、山地に生え同じような花をさかせる野菊にシロヤマギクという植物もある。ややこしいこと限りなしだ。

 筆者は太平洋戦争の真珠湾攻撃4ヵ月後に高円寺で生を受けた。両親とも東京生まれ育ちの一人っ子だったため、頼れる農村の疎開先がなく、祖父が生前新聞社(山陰日日新報)を開いていたので知人が多い、という理由だけで鳥取県米子に疎開した。しかし、父は出征し、母は身ごもっており、食糧難に悩まされ、筆者は祖母と一緒にヨメナ、アカザ、スベリヒユなどの摘み草をよくやった。

 生まれた妹は栄養失調で死亡し、遺体は街から少し離れた畑の傍らに建つ粗末な火葬場で焼かれた。周りに風を遮るもののない畑中の火葬場の煙は、焼きあがりまで時間つぶしに野菊を摘みながら待機する筆者の方へ流れてきた。その時に嗅いだ強烈な臭いは、今でもハッキリ覚えている。

 戦後に高円寺に戻ってきたが、食糧事情は悪く、祖母と一緒にまたもや摘み草をやった。ある日、褒めてもらおうと一所懸命摘んだヨメナを祖母に見せたところ、ヨメナではないヨと一蹴され、がっかりした。今考えるとアレは同じヨメナ属でも別種のカントウヨメナであったようだ。こうしたことがあったからか、どうも野菊類の識別は、今もって苦手である。

11月 ローズ・ヒップ(Rose Hip、バラの実)バラ科

 Hipという単語単体で、バラの果実の意味があるが、誤解を避けるため、ローズヒップと呼ばれている。バラの果実の色は赤を主体としてオレンジ色、紫色などがあり、形は球形~紡錘形で、昔からハーブティーやジャム、食用オイル、ビタミンCのサプリメントの材料として使われてきた。こうしたニーズに見合ったローズヒップ生産のため、Dog rose(Rosa canina:西欧に自生する野生のバラ)やハマナスなどが栽培されている。

 野生のdog rose のローズヒップはビタミンCが豊富で、その量はレモンの20倍以上とも言われ、「ビタミンCの爆弾」という別称がつくほどである。第二次世界大戦中、英国はドイツ海軍のUボートによる海上封鎖によってレモンやオレンジの輸入がストップしたので、ビタミンCの補給のため、英国の学童たちは、ローズヒップの採集・供出が命じられたことがあるようだ(日本でも、兵隊の衣服用にイラクサ科のカラムシから繊維を採取して供出するのが、戦時中の学童の仕事だった)。

 写真のローズヒップは、西欧のそれではなく、日本のノイバラの果実である。たいして綺麗でもないノイバラが、初夏の美しい花々に交じり、狭い観察園で大きな顔をして咲いている。このノイバラの本番は11~12月で赤い果実はドライフラワーとしてクリスマス・スワッグやリースなどに重宝である。ナンテンやピラカンサ等の赤い実は、剪定するとすぐ収縮して落果するので飾りに使えない。ノイバラの実は長期間落ちないので、スワッグなどの作品作りのイベントでは、赤い飾りとして主役に躍り出る。日本のノイバラの果実、則ちローズヒップが、ハーブティーやジャムに使うことができるのか・・・まだ試してはいない。

11月 ヌスビトハギ(盗人萩)マメ科

 マメ科の多年草で、草丈は1mほどにもなるが、草丈の半分は細くて長い花穂である。茎の先端の方から数本の細長く硬い花径を伸ばし、穂状の花をつける。茎の下方に多く集まる葉は三出複葉で、その頂小葉には葉柄がある。花は3~4㎜のピンク色の小さな花で目立たない。種子は二つにくびれた豆果の莢に包まれている。莢の上辺は直線で、下辺は円形に膨らんでいる。通常、莢は2つにくびれて、くびれのところで容易に折れて2つの莢に分離する。このことから節果と呼ばれるが、莢の表面にはマジックテーテープにあるような先端が曲がった毛が多数生えており、動物の毛や人間の服に容易にくっつき、剥がれない。いわゆる「ひっつきむし」の代表格である。

 この分離した莢の半円状の形を、盗人が足音をたてないように、爪先立って歩いた足跡に似ていると見て、「ヌスビトハギ」と名付けたようだ。泥棒の足跡の形だと納得できる人はそうはいないだろう。2つに分離する前の莢の形は、現代風の眼鏡の形に似ている。「メガネハギ」と名付けてもよかったように思うが、昔の眼鏡は串団子のように円形を二つ並べた形なので、眼鏡は思いつかなかったのだろう。もっとも似ている形は、筆者はブラジャーだと思うが、「ブラハギ」の名をつけると「ブラ剥ぎ」に通じるので、その名はさすがにつけられない。

11月 ホトトギス(杜鵑草)ユリ科

 花弁の赤紫色の斑紋が、ホトトギス(野鳥)の胸の斑紋と似ていると見て付けられた名前と言われている。このホトトギス属の植物は日本には13種が分布しており、このうち11種は日本だけに生育する日本固有種で、日本列島を中心に分布していることから、日本が原産で、分化の中心地であると推定されている。いずれの種も山野の林下や林縁、崖や傾斜地などの、日当たりの弱いところにひっそりと自生する多年草である。その中で基本種のホトトギスは暗い赤紫の花色で、その渋くて静かな風情が茶花として大変好まれている。

 一方、野鳥のホトトギスは、昔から注目されていて様々な文書に登場し、杜鵑、郭公、杜宇、蜀魂、不如帰 、時鳥、子規、田鵑、霍公鳥、獲穀など異名が多い。ものの本によると、万葉集にはホトトギスを詠んだ歌が156首、古今集に43首、新古今集に47首あるようだ。話は横道に逸れるが、筆者はホトトギスとカッコウ(閑古鳥)が混同されていたように思う。両者ともカッコウ科の鳥で、胸に横縞の模様があり、托卵の習性があり、初夏に現れ、囀りの時間帯も夜半過ぎから早朝で、似ているところが実に多い。ホトトギスの漢名の郭公、霍公鳥、獲穀などを音読みすればカッコウの鳴き声である。

 結核で喀血に悩まされていた正岡子規は、唐の詩人白居易の「琵琶行」という詩の一節「杜鵑啼血猿哀鳴」の啼血(血を吐いて鳴く)」からホトトギス(子規)という俳号を選んだのであろう。

  さて、日本ではホトトギスの胸の横縞模様とユリ科のホトトギスの花弁の模様が似ていると見て、野鳥とおなじホトトギスの名をつけた。だが、欧米では、その模様をガマガエル(ヒキガエル)の腹の斑点に似ていると見て、Toad-lilyと名付けた。則ち、ガマユリである。もし、日本でもガマユリの名がつけられていたら、茶花として好まれていたかどうか。

10月 マルバフジバカマ(セイヨウフジバカマ)キク科

 アメリカ東部~中部が原産の多年草で、日本には1896年(明治29年)に渡来した。9月~10月の花期になると、茎の頂部に青あるいは白い頭花を多数咲かせる。暗紫色の葉、紫色の茎、青や白い小花のコントラストが美しい。春先の葉の色は光沢のあるチョコレート色で、そのため銅葉フジバカマ、ユーパトリウム・チョコレートの名でも流通している。渡来した約20年後の1915年頃から箱根の強羅周辺に逸出品が見出されており、強羅自然公園に植栽されたものが広がったと考えられている。やがて1935年頃には、小涌谷まで広がり、1968年には横浜でも見られるようになった。現在では関東周辺に多くみられるが、北海道、本州、四国、九州にまで分布を広げている。自生地では森林地域の岩場や木の隙間、茂みの中などの岩の多い地形に多く野生しており、日本では市街地、路傍の石垣の間、特に二次林やスギ林の林床で繁茂している。このことから近年、環境省の生態系被害防止外来種に指定された。
 また、近年の研究で、本種はフジバカマ(Eupatorium japonicum)と同じヒヨドリバナ属(Eupatorium)の仲間ではなく、アゲラティナ属に分離された。従って、ユーパトリウム・チョコレートの名は使えず、アゲラティナ・アルティッシマ・チョコラーテ(Ageratina altissima’Chocolate’)となる。だが、流通業界では旧名のままだ。
 観察園内に花を愛するある女性が「綺麗よ」と植えた旧名ユーパトリウム・チョコレートは、園内のあちらこちらで繁茂しだした。逸出・繁茂しないように駆除作業が必要になった。彼女への説得は・・・理詰めでいくしかないか。

10月 アメジスト・セージ(サルビア・レウカンサ)シソ科

 メキシコ~中央アメリカの原産で、明治時代後期に日本に渡来。日本でよく知られるサルビアの仲間で、鮮やかな紫色の花穂を出すので、サルビアとの混同を避けるため、同じサルビア属のセージ(ハーブとして知られる)の名と組み合わせてアメジスト・セージの名が流通業界で付けられ、広まった。繁殖力旺盛でブッシュ状に繁茂するので、原産地のメキシコと合わせて、メキシカンブッシュセージとも呼ばれる。学名のレウカンサ(leucantha)はラテン語で白+花を意味するので、原種は紫色の萼と白い唇状花であると思われるが、園芸品種としてはピンクや赤紫の唇状花も出現している。
 ラテン語のサルビアの語源は「健康な salvus」の意味であり、古くからSalvia officinalis が薬草とされていたからで、この薬用サルビアがフランス語ではsauge に転訛し英語でsageに転訛した。すなわち、日本のサルビアも料理用のセージも同じアキギリ属(salvia属)である。日本では、あの赤い花穂のサルビア(Salvia splendens)の名が一般化・固定概念化したので、それ以外のアキギリ属(サルビア属)にはセージの名が冠せられている。また、料理に使われる「セージ」は、欧米で薬用サルビア(Salvia officinalis)に固定概念化されたので、他のセージとは別の種であることも、忘れてはいけない。

10月 シュウメイギク(秋明菊、キブネギク)キンポウゲ科

 草丈50~60㎝で細く長い花茎の先端にコスモスに似たピンクや白の花を咲かせ、秋風に揺れる姿が好まれている。コスモスや菊の仲間ではなく、アネモネ属(イチリンソウ属)で、古い時代に中国から渡来したと言われている。しかし、詩歌や文学には現れず、園芸が盛んになった徳川時代になって文献に現れるようになった不思議な花である。
 別名をキブネギクと言うが、これは京都左京区の貴船地区に野生化した本種が多く見られることからの名前で、この中国渡来の原種と思われるシュウメイギクは、濃い赤紫色の細い花弁が八重で菊の花である。菊咲きというよりもダリア咲きと表現したほうが花にあっている。この少しアクが強い感じの花であるため人気が出かったのであろうか。現在我々が目にするシュウメイギクは、類の種との交配によって得られたもので、写真のシュウメイギクも交配種である。日本人の感覚として、濃赤紫色でダリア咲きのものよりも、秋風に揺れる楚々とした一重で花弁が大きくなったピンク白の花の方が、好まれたということだろうか。