筆者がニワトコという木を知ったのは、山菜について書かれた本だった。春に白い小さな花を咲かせる直前の蕾の姿は、ブロッコリーに酷似しており、それを天ぷらにして食べると美味しい(多食厳禁)こと、そして古い幹にはキクラゲがよくみられることを知った。玉川上水、千川上水の土手の大木の陰でひっそりと生えていて、蕾とキクラゲを時折採取しては味わった。ただそれだけの貧相な灌木でしかなかった。
ニワトコの名前の由来を調べてみると、語源はミヤツコギ(宮仕う木)で、神官(宮つ子)が、布など貴重品を神に捧げる時、その品を木に挟み神前に奉納する際に使う霊木であったようだ。古語が残る八丈島では、ミヤツコギが訛化してミヤトコと呼んでいる。
その後、ニワトコがアイヌでは神事の際に用いられ、病魔を避ける力があると見られ、魔よけに門前に立てられていることを知った。アイヌの人達にとって、アワやヒエが大切な主食の穀物であり、ニワトコが魔よけの霊木であった基層文化が、秩父、山梨、長野、群馬、伊豆地方に広がった御門棒(おっかどぼう)や、粟棒・稗棒(あーぼへーぼ)など、病魔を防ぎ豊作を願って小正月に門前に立てる飾り物の風習になっていることを知った。(千葉県の多くの地域でニワトコのことをアーボノキとかアーボと呼んでいる)。
更に驚いたことに、中央アジアの民族であったケルト人の文化としてニワトコ(エルダー)が、人間界と魔界を繋ぐ霊木であり、その基層文化が根強く西欧に残ることだ。特にヨーロッパの外れの島国であるアイルランドでは顕著。ケルト人は文字をもたず、巨石文化(ストーンヘンジ)が遺跡として有名だが、アイヌも文字を持たず、ニワトコを霊木として崇めているという、共通点が見られる。更に日本にも環状列石が秋田、青森、北海道で200弱も存在しているが、この環状列石が縄文人の文化なのか、アイヌなのか筆者は知らない。
だが、ニワトコは、隠れた魔力で世界を支配しているように思えてくる。日本の宝塚の歌劇で歌われる「スミレの花咲く頃」の歌は、フランスでの「白いリラが咲くとき」の替え歌であり、その元歌はドイツの「再び白いニワトコが咲いたら」である事実は、ニワトコが隠微な力を現代社会に対しても発揮しているように思えてくる。