6月 カライトソウ(唐糸草) バラ科

 草丈は1m程度で、茎は上方でよく枝分かれし、その先端に花穂をつける。花穂は細長い円柱形で、紅紫色の多数の小花が密集して開花する。花弁は小さくて目立たず、代わりに紅紫色の長さ1㎝ほどの雄しべが多数突き出て目立ち、長さ10㎝ほどの花穂全体が、ネコの尻尾のように膨らみ、多数の花穂が垂れ下がって美しい。光に輝く唐糸(絹糸)のような、雄しべの光る群がりが綺麗な花であるが、一般的には栽培されておらず、花壇で見ることは滅多にない。観察園に訪れる来園者は異口同音に初めて見る花だと感心する。

 カライトソウは、岐阜、富山、石川、福井県にまたがる日本海側の豪雪地帯である両白山地と言われる山域の、亜高山帯の砂礫地、岸壁、草地などの、涼しくてあまり乾燥せず、かつ水はけのよい場所に生育する日本固有種である。東京の市街地のように、夏場に気温が高く地面が乾燥して高温になるか、根が蒸れてしまう地域では栽培が困難である。このことが花壇で見られない理由の一つであろう。愛培し苦労して育て上げた筆者は、心中で自分を褒めている。

 そして栽培されない理由のもう一つは、花の美しい日数が短くて、すぐにみすぼらしい姿になることであろう。長い円柱形の紅紫色の美しい花穂を形成しているのは、長い雄しべであるため、雨に当たるとペシャンコになって洗い髪状に垂れ下がり、また、開花して3~4日を経ると萎れて、白濁した茶色に変化し、使い古して汚くよごれて乱れたブラシ様になる。丸っこく長毛でモフモフのネコのスコティッシュ・フォールドにシャワーをかけて風呂浴びさせると、なんとも汚い乞食姿に豹変するのに似ている。美醜の差があまりにも激しい。

 見てはいけないものを見てしまう結果となり、苦労して育てても、最後には裏切られる。東京においては「花の命は短くて、苦しき世話のみ多かりき」であるがゆえに、園芸品種とはなりにくいのであろう。

5月 シライトソウ(白糸草 別名:雪の筆) シュロソウ科

 日本と韓国に分布し、日本では秋田県以西の本州~四国・九州の山地に生育している。主として森林の湿った崖や斜面に生える常緑の多年草である。草丈は低く、地面にロゼット状に根生葉をひろげている様子は、ショウジョウバカマに似ている。7~8年前だったか、苗木店から1株購入し、ショウジョウバカマなどを植栽したコーナーに植えたことをすっかり忘れていた。昨秋、こんなところにショウジョウバカマの実生ができたのかと思い、周囲の草叢を取り除いて、午前中ぐらい、少しは陽が当たるようにした。

 そのせいだろうか、今春、ショウジョウバカマとばかり思っていた根生葉のロゼットから、長い花径を一筋直立させ、20㎝ほどの白い穂状の花をつけた。瓶洗いのブラシ状の白穂が屹立したその様は、派手さはないが楚々として凛とした静かな立ち姿であり、言いようのない感激を覚えた。花言葉は「ゆったりとした時間の流れ」だそうだ。なるほど、この花の立ち姿が、静謐な空間を生み出しているように思える。

5月 アオスジアゲハ(青条揚羽) アゲハチョウ科

 岩手県・秋田県以南の本州~南西諸島に生息、北海道には分布しない南方系のチョウである。翅(はね)は黒色だが、前翅(前ばね)から後翅(後ばね)にかけての翅の中心部に、縦に太い青緑色の帯が走っている。この帯には鱗粉(りんぷん)がなく、透明で、太陽光が明るく透けて見える。黒い闇の中に信号機の青色光が縦に並んでいるようで魔力とか神秘的な雰囲気を漂わせ、南国的で洒落た美しいチョウである。

 筆者が中学生でチョウの採集をしていた65年前は、神社など限られた場所に行かなければみられないチョウで、かつ、素早く飛び回るので採集が困難なチョウであった。戦後の復興により街路樹が植えられるようになり、市街地の大気汚染、道路からの照り返しによる夏の暑さ、病害虫に抵抗力がある樹木として、広島の原爆でも生き残ったイチョウやクスノキが街路樹や公園樹として、多く植えられるようになった。クスノキはアオスジアゲハの幼虫の食樹(エサ)となるので、東京の市街地でも見られるようになったチョウなのだ。

 筆者が社会人となり、デパートで、黒色に近い濃紺の地にアオスジアゲハの青緑色の紋が入ったネクタイを見つけた。無性に入手したくなったが、当時の給料の中からでは買えない大変高価なものであった。後日、売れ残っていたので夏のボーナスで思い切って購入し、毎日のように着用した。そのネクタイを見た社内のある女性が、素敵なネクタイねと褒めてくれたが、それが縁で妻となった。

 結婚後、妻は毎日同じネクタイはオカシイ、何回も着用すると汚れる、貴方には似合わないと・・・と段々批判の言葉が強くなった。かまわず毎日のように着用していたため、擦り切れてきたので破棄した。あのネクタイが現在でも売っていたら購入したい気持ちはあるが、退職した老後の生活では、背広にネクタイの装いをする場もない。アオスジアゲハは筆者の青春の想い出をのせて、今日も街中を羽ばたいている。