クマガイソウの名は、源平の一ノ谷の合戦で、平家の若武者である平敦盛(16歳)を捕らえて、首を撥ねた武蔵国熊谷郷出身の荒武者である熊谷直実の名からきている。
当時の戦いでは、武士は兜や鎧の背中に幅広の布(母衣、ほろ)を装着し、馬に乗り風を利用して膨らませ、背後からの弓矢を防いで戦ったが、その風船に似た母衣の形にクマガイソウの花の形が似ているところから名付けられた。
この頃の弓は丸木弓(1本の木材を削って弓にしたもの)が主流で、反発力が弱いため、間近で引いた矢でないと殺傷力はなく、兜と鎧の間に見える首筋を流れ矢から守るための防具が母衣であった。
クマガイソウは、そんな悲惨な歴史を背負って咲いているのは哀れであるが、熊谷直実は後に武者として多くの人を殺めてきたことを後悔し、自ら断髪して法然上人のもとで出家、蓮生という法名で、沢山のお寺などを創った。
現代人の筆者は、クマガイソウの風船を背負った姿は、母衣ではなく、悔しさ、哀しみなど諸々の思いや歴史を詰め込んだ背嚢(リュックサック)を胸に掛けて、静かに瞑想しているように見える。
4月 ウラシマソウ(浦島草)とムサシアブミ(武蔵鐙)サトイモ科
4月 ハナイカダ(花筏) ハナイカダ科
4月 ニリンソウ(二輪草) キンポウゲ科
4月 イチリンソウ(一輪草) キンポウゲ科
4月 ショウジョウバカマ(猩々袴) シュロソウ科
4月 バイモ(貝母) ユリ科
4月 イカリソウ(碇草) メギ科
3月 ダンコウバイ(檀香梅) クスノキ科
春先には、ダンコウバイ、ロウバイ、サンシュユ、アブラチャンなどの黄色い花が妍を競って咲き始める。ダンコウバイとは、日本に自生する花の名前にしては、いかにもいかつい名前である。どうも中国由来の名前のようだ。ダンコウバイのダンコウ(檀香)とは、香木のビャクダン(白檀)のことだが、ダンコウバイ(檀香梅)の材にはクロモジに似た良い香りがあるので、「檀香」はまァ良しとしても、花の形も色も香りも梅に似ていないのに、なぜ檀香梅という名をつけたのだろうか。
中国では、花弁が円形の花に梅の名をつけるクセがあり、ロウバイ(蝋梅、ロウバイ科)を始めとして、オウバイ(黄梅、モクセイ科)、ギョリュウバイ(御柳梅、フトモモ科)、キンシバイ(金糸梅、オトギリソウ科)、などなどに「梅」が見られる。
だが、ダンコウバイの花は、断じて梅の花の形ではない。おかしい。気になって更に調べてみた。すると、「檀香梅」の名はロウバイ(蝋梅)の中で、花が大きい園芸品種(別種との説もある)につけられた名前であったものを、日本の植物学者が借用して、日本の植物(地方名:ウコンバナ、シロジシャ)につけたものであることが分かった。ロウバイの花は香りがよく、花が黄色という梅との違いはあっても、形は梅の花に似ている。花弁も蝋細工のようにつややかなので、ロウバイ(蝋梅)も、その品種名のダンコウバイ(檀香梅)も、名は体を表していると言えよう。
しかし、日本の植物に、他の植物の名を借用(盗用?)してダンコウバイの名をつけたのは、大間違いだ。名が体を表していない。梅の花に似ていないのである。体を表していない名前を借用するとは、無節操・無頓着であり、いきどおりさえ感じる・・・が、ダンコウバイは、そんなことお気になさらずに、ありのままの私を愛でてくださいませと、問いかけてきたように感じた。
3月 キクザキイチゲ(菊咲一華) キンポウゲ科
本州の近畿地方以北、北海道に分布、落葉広葉樹林の林床に自生している。キンポウゲ科イチリンソウ属の植物で、同属にはニリンソウ(二輪草)、サンリンソウ(三輪草)などがある。本種はキクに似た花を一輪つけるところから、菊咲一華(別名:菊咲一輪草)の名がついた。
春先に花を咲かせ、落葉広葉樹林の若葉が茂るころには、地上部の葉は枯れてなくなり、カタクリと同様に翌春まで地中の地下茎で過ごすスプリング・エフェメラル(春の短い命、春の妖精)と呼ばれる生活史を送る。花に花弁はなく、萼が花弁のようになっており、主として白色、時に青色、稀に赤紫色の花を咲かせる。沢山の株が集まり花を多くつけると、大変美しい。
過日、群馬県の玉原湿原を仲間と訪れた時、仲間は登山道を辿ってブナ地蔵までを往還するコースを選び、筆者は仲間と別れ銅金沢を上下するコースを辿った。銅金沢では、キクザキイチゲの青い花が咲いていて、美しい青い目で凝視されているような不思議な感覚を覚えた。仲間と落ち合う時間になったので、沢を降りてきた時のことだ。前方30m先の左の藪から大きな熊が出て、こちらを一瞬見たあと、ドスドスと地響きをたて道を横切り、右の藪に消えた。
凍り付いた恐怖心が幾分治まってから、さてどうするかを考えた。落ち合う場所に行くには、熊が消えた場所を通らねばならぬ。まだ藪の中に潜んでいるのか、遠くへ去ったのか、しばらく考えた。あいにく熊鈴も携帯ラジオも持ち合わせていないので、大声で歌でも歌って通り過ぎようと決心した。落ち合う場所まで近い。どんな歌がよいか。勇ましい軍歌だと、仲間に聞こえた場合、恥ずかしい。だいぶ迷った。ともかく大声で歌って仲間と無事に落ち合うことができた。
それ以来キクザキイチゲの、訴えてくる来るような青い花をみると、その時の恐怖心が蘇ってくる。どんな歌を歌ったのかは、まったく覚えていない。歌ではなく単なるわめきだったのだろうか。