3月 フサザクラ(房桜) フサザクラ科

 観察園では、マンサクが咲き終わり、サクラが咲く前にフサザクラの花が小枝の先端を赤く染める。赤いのは花弁ではなく、大きく長い多数の雄しべが房状に下垂している姿である。サクラの樹皮や枝ぶりがサクラに似ていることが、名前の由来となっている。

 花弁も萼もなく、雄しべ雌しべだけが、短枝から房状に下垂する風媒花の植物で、同様に花弁をもたないカツラやヤマグルマとともに、古代植物の1つだ。秋田・宮城県以南の本州、四国、九州中北部に分布する日本固有種で、シーボルトの『日本植物誌』1835年で世界に初めて発表された。

 陽樹であるため、よく陽の当たる谷筋や、山地の崩壊地、河川敷などで優占林を作る。東京近辺では、丹沢、箱根、小仏山地に多く見られ、高尾山の日影沢や4号路が有名だ。

 高尾山で旺盛に繁茂しているフサザクラの花を見ると、いつも二つの疑問が脳裏をかすめる。①雄しべと雌しべだけでも子孫を残せているのに、なぜ植物は花弁をつけ、花弁に目立つ色彩をつけ、花弁を守る萼をつけ、香りのほか、蜜まで用意するように進化したのか。②雄しべと雌しべだけの花に、突然変異で花弁が出来たとして、風媒花であるゆえ、何も役に立たたないのに、なぜその遺伝子が残り、花弁が目立つ色になり、香りや蜜を分泌するように進化したのか。生物の進化が「突然変異」と無駄なものは省かれるという「自然淘汰」で説明されているが、その理屈に合わない。高尾山で繁茂するフサザクラの花を見るたびに、心の中にモヤモヤが残る。

 世間では、佳節に起きる心の乱れを「春愁秋思」と呼んでいるが、後期高齢者の筆者は、春愁とも春思とも言えぬこの心中のモヤモヤを解消するため、「植物も外界を感じ取るセンサーを持っている」と、密かに結論づけた。植物は動けず、モノは言えない生物であるが、虫、鳥、野獣等の存在を感じ、これらを利用して子孫を広く残す方向で進化してきたと思うことにした。それゆえ、植物のお世話をする時には、人知れずに、必ず声掛けをしている。

2月 雪割草 キンポウゲ科

 表題に片仮名でなく漢字で雪割草と書いたが、訳がある。片仮名で書くと、サクラソウ科のユキワリソウを意味するからだ。「雪割草」と漢字で書いた場合はキンポウゲ科ミスミソウ属のミスミソウ、オオミスミソウ、スハマソウ、ケスハマソウの4種の総称となる。

 則ち、ユキワリソウは、特に谷川岳、日光至仏山、白馬八方尾根などの蛇紋岩地帯で多く見られる高山帯に自生しているサクラソウ科サクラソウ属の多年草の名前であり、栽培は難しく、一般市場にはあまり出回らない。

 一方、「雪割草」と漢字で書いた場合は、キンポウゲ科の上記4種の園芸名であり、総称である。それゆえ口頭で園芸店に問合せたり、誰かに説明する際は「キンポウゲ科の雪割草」と伝えることが必要となる。

 さて雪割草は、高山植物のユキワリソウよりも栽培難度は高くないが、根腐れや葉焼けしやすい植物である。その中でオオミスミソウは比較的栽培が容易で、他の3種の花色が白、時にピンクと限定的であるのに対して、オオミスミソウは、白、桃、赤、紫、黄色、黄緑色など色彩に富み美しいので人気がある。それゆえ、「雪割草」は、オオミスミソウの代名詞ともなっている。なんともややこしい。

 このオオミスミソウ、即ち雪割草はほぼ新潟県に産地が限られており、新潟県の県花となっている。ユキツバキ、ヒメサユリ、タニウツギなど、美しい花の自生地として新潟県は知られている。しかし、なぜ新潟県が産地なのか。日本酒の銘酒も新潟県に多い。美人の産地(?)としても有名だ。ほかに美人の産地としては、秋田、新潟、金沢、京都、鳥取、博多と、日本海側の1県おきが美人の産地と言われている。比較的降雪が多く水がきれいだからか・・・と、女房の前でうっかり声に出して呟いたら、大分県出身の女房は不機嫌な顔で「それは貴方の偏見ョ」と、筆者のあれこれ脈絡なく思考する遊戯は、バッサリ断ち切られてしまった。

2月 マンサク( 金縷梅 、万作)マンサク科

マンサクの以前の解説はこちら

 2月~3月の早春、他の花に先駆けて「真っ先」に咲くことから「まんさく」の名がついたという説がある。落葉灌木で、枝一杯に明るい黄色の花をつけるが、花弁が細くよじれているためか、黄色い太陽光を反射する力は弱く、ボォーッと霞んだ光の塊りのように見える。早春の象徴的な花であるにもかかわらず、枯れた雑木林の中で、まだ春は遠いのですが・・と、極めて遠慮がちに咲いている。

 この時期は、シベリアからの寒気団と南太平洋からの暖気団とが押し合いをしている時期で、たまに暖かい晴天があるが、翌日には冷たい雨やみぞれや、雪になったりする。概して北風が冷たい曇り日が多い。水原秋櫻子は「まんさくや 小雪となりし 朝の雨」と詠んだ。そんな日々の中では、マンサクのぼんやりとした黄色い光の塊りは、春到来の兆しを感じて、心の中が温かくなる。

 現代では存在感が薄くなったマンサクであるが、昔の日本、特に雪国では大切な樹木であった。雪の上を歩くと靴が雪の下に埋もれ歩くのに難渋するが、雪の下に埋もれないよう「輪かんじき」を履くのが必須条件であった。マンサクの枝は強靭で柔軟性があり、腐りにくいので、曲げて輪にする輪かんじきの材料として適材だった。現在はアルミ製となっているようだが、足の裏の動きに合わせてしなるマンサクの材の方が足の疲れは少なく長時間歩行に向いている。

 マンサクの英名はWitchhazelという。則ち魔女のハシバミの意味だ。花を金髪を振り乱した魔女に例え、葉の形がハシバミ(ヘーゼル・ナッツ)の木の葉に似ているとみての命名のように思われる。だが、事実は違うようだ。もとはWitch(魔女)ではなく、Wych(しなやかな枝)であったようだ。発音が似ていること、そして葉や材はタンニンをふくみ、止血・収斂・消炎などに顕著な効能をしめしたことも、魔女のイメージを高めたのではなかろうか。

 マンサクを用いた輪かんじきは、雪がこびりつかず歩きやすいと言われている。これはマンサクの材が含むタンニンの防水性・撥水性によるものだろうか。筆者には分からない。昔の人の細やかな観察眼と知恵に、今さらながら感服する次第である。