4月 オキナグサ(翁草) キンポウゲ科

 オキナグサは、現在では環境省の「絶滅危惧Ⅱ類 (VU) 」(近い将来において野生での絶滅の危険性が高い種)に指定されているが、以前は日の当たる草原や牧場などでかなりよく見られた野草であった。しかし、草原は住宅地、ゴルフ場、観光地、別荘地などに開発されたこと、鹿による花の食害があることなどから、自生地が激減した。

 春4~5月に咲く花の姿は赤紫色で、当初は白毛に包まれ下を向いた地味で柔和な様相を呈している。しばらくは、恥ずかし気に下を向いているが、ある日突然に本性を剥きだしにしたように、毒々しい赤紫色の花となって、キッと顔をあげて我々を見つめる。妖艶な美女、否、美魔女の顔である。そしてエ~ッと驚いている数日後にはタンポポの綿毛の穂のような鬼女の姿に変化する。姿は美魔女→鬼女に変化したのに、名前が翁草になったのが解せない。

 『日本植物方言集成』八坂書房で調べると、昔は各地で見られた草だっただけに、地方名が300以上あった。オキナグサは江戸での名前であり、岩手ではウズ(爺)ノヒゲ、安芸ではジーガヒゲなど老爺の名前になっているが、ウバガシラ(松前)、カワラノオバサン(群馬勢多)、シラガババア(岩手江刺)、ヤチババ(山形東田川)など老女の名前がずっと多い。美魔女からは、老爺ではなく老婆になるのが自然に思える。

 そろそろ種子を採取し播種しようと思っていたやさき、観察園に来園した幼児が止める間もなく、オキナグサの茎を摘み、冠毛がついた種子を吹き飛ばしてしまった。種子は小さく軽いので風に乗り空高く消えた。

 そんな種子の旅立ちを、宮沢賢治は、オキナグサが高く高く飛んで変光星となったと『銀河鉄道の夜』の中の「おきなぐさ」と題した童話で書いている。荒井由美(松任谷由実)は、若くして亡くなった少年の命の旅立ちを、白い軌跡を残して高空に消えた「ひこうき雲」に例えて作詞作曲した。文才も詩心もない筆者は、空に消えてしまったオキナグサの種子が、どこか明るい草原に着地し、そこでブルドーザーに踏圧されることなく、鹿害に合うことなく、無事に繁殖することをただただ願うだけである。