4月 ヤマシャクヤク(山芍薬) ボタン科

 ヤマシャクヤクは、北海道~九州の落葉広葉樹林の山に自生するシャクヤクの意味だ。古い時代の日本の植物学は、中国の薬物について書かれた「本草書」からの知識が基本となって発達した。故に、中国のシャクヤクに似た日本のシャクヤクは、ヤマシャクヤクの名がつけられた。カイコとともに渡来したマグワ(真桑)に対して、日本に自生するクワは山桑となり、製紙材料となる楮(コウゾに)似た日本の野生種は姫楮(ヒメコウゾ)の名がつけられた。

 さて、中国のシャクヤクは、東アジア北部(東シベリア、中国東北部、朝鮮半島)に自生し、日本での旧名はエビスクスリ(衣比須久須利)と呼ばれていた。これも中国での生薬名の和訳であろう。エビス(夷)とは、古代中国では東方の未開人を蔑んでつけた名前である。だが、古くからシャクヤクは、効能が高いクスリとしてみとめられていたのである。

 「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」の言葉は、美人の形容ではなく、薬の用法を意味する言葉だった。筋肉がこわばり気がいら立っている女性へはシャクヤクの根を、座り込んで何もしたく無い瘀血(おけつ)症の女性にはボタンの根を、ふらふら歩きの心身症の女性にはユリ根を・・という処方の分類の言葉だったのが、後世に都都逸で美人形容の言葉にすり替わった。

 唐代にはいると、ボタンやシャクヤクの美しさから園芸熱が高まり、色々な品種が作出された。シャクヤク(芍薬)の名のもとは、綽約(シャクヤク、高く秀でている)や婥約(シャクヤク、鮮やかに浮き立って美しい)という言葉の諧音(かいいん、同音異語)で、美しさと際立った薬効の両方の意味をもつ芍薬の名が生まれたと言われている。

 日本のヤマシャクヤクも、山中にあって際立って美しく、そのため掘り取られるなどして、今では環境省の絶滅危急種(VU)に指定されている。山中を歩き回ってこの花を鑑賞することが困難な高齢者のために、園芸店から取り寄せて、観察園に植栽した。しかし、カタクリ、シライトソウなどの山野草の草むらの中で、ヤマシャクヤクは際立って美しいので、周囲の花から浮いており、他の花は貧弱に見える。来園者はヤマシャクヤクを見ると、他の花には関心をみせず、素通りしてしまう。懸命に育てた山野草の全てを鑑賞して欲しい筆者にとっては悩みのタネになっている。