4月 ザイフリボク(采振木 、別名シデザクラ 紙垂桜 )バラ科

 岩手県以南の本州から九州の山地に自生するバラ科の落葉樹で、ここ観察園ではソメイヨシノと美を競うように、枝一杯に白い花を咲かせている。だが、サクラのように花は大きくなく、一輪では目立たないが、小さな白花が10輪ほど穂状に集まり、枝先に群がって穂状に咲いて美しい。その穂状の形が、昔の戦国武将が戦隊を指揮する(采配を振るう)時に使うサイ(采)に似ているところからの名前のようだ。則ち「采振り木」であるが、なぜサイフリボクではなく、ザイフリボクと濁音になっているのだろう。濁音が多い東北地方での呼び名が名前になったのだろうか。別名にシデザクラの名もある。すなわち、しめ縄などにぶら下げるジグザグに折った紙、シデ(紙垂)の形に似ていると見ての名前だ。ザイフリボクにしろ、シデザクラにしろ、今一つすっきりとした名前ではない。

 だからであろうか、同じ仲間にアメリカザイフリボクがあるが、これはジューンベリーの名で売られている。6月に生でも食べられ、ジャムや果実酒にもなる赤いベリー(果実)が実るからだろうが、大人気で、最近はあちこちの庭で咲いているのを見る。ザイフリボクは空気がきれいな山地でないと育ちが悪いので、都市部ではあまり見られないが、ジューンベリーは割と強いようだ。ザイフリボクは観察園で毎年美しい姿を見せてくれる・・・ということは、観察園がある吉祥寺北町は、緑が多く、空気がきれいということか。

 ザイフリボクはジューンベリーに押され気味であるが、名誉挽回のために一言付記したい。日本の樹木の冬芽の中で、三大美芽と言われる樹木にザイフリボクの冬芽が挙げられている。光沢のある赤い芽鱗の縁から白く光る毛が長く伸び出て、紅白の光る芽となり美しい。ジューンベリーの白毛は短いので紅白のコントラストは低く、ザイフリボクの冬芽の方が勝っている。

 先日、神代植物園に三大美芽を見に行ったが、コクサギ、ネジキの冬芽はみることができたが、ザイフリボクの冬芽が見られなかった。観察園では見られるのではないかと帰路に立ち寄ってみたら、見ることが出来た。嬉しいと感謝の言葉を来園者から投げかけられた。思わず、ザイフリボクの滑らかな樹皮を撫で、嬉しさを分かち合った。

3月 フサザクラ(房桜) フサザクラ科

 観察園では、マンサクが咲き終わり、サクラが咲く前にフサザクラの花が小枝の先端を赤く染める。赤いのは花弁ではなく、大きく長い多数の雄しべが房状に下垂している姿である。サクラの樹皮や枝ぶりがサクラに似ていることが、名前の由来となっている。

 花弁も萼もなく、雄しべ雌しべだけが、短枝から房状に下垂する風媒花の植物で、同様に花弁をもたないカツラやヤマグルマとともに、古代植物の1つだ。秋田・宮城県以南の本州、四国、九州中北部に分布する日本固有種で、シーボルトの『日本植物誌』1835年で世界に初めて発表された。

 陽樹であるため、よく陽の当たる谷筋や、山地の崩壊地、河川敷などで優占林を作る。東京近辺では、丹沢、箱根、小仏山地に多く見られ、高尾山の日影沢や4号路が有名だ。

 高尾山で旺盛に繁茂しているフサザクラの花を見ると、いつも二つの疑問が脳裏をかすめる。①雄しべと雌しべだけでも子孫を残せているのに、なぜ植物は花弁をつけ、花弁に目立つ色彩をつけ、花弁を守る萼をつけ、香りのほか、蜜まで用意するように進化したのか。②雄しべと雌しべだけの花に、突然変異で花弁が出来たとして、風媒花であるゆえ、何も役に立たたないのに、なぜその遺伝子が残り、花弁が目立つ色になり、香りや蜜を分泌するように進化したのか。生物の進化が「突然変異」と無駄なものは省かれるという「自然淘汰」で説明されているが、その理屈に合わない。高尾山で繁茂するフサザクラの花を見るたびに、心の中にモヤモヤが残る。

 世間では、佳節に起きる心の乱れを「春愁秋思」と呼んでいるが、後期高齢者の筆者は、春愁とも春思とも言えぬこの心中のモヤモヤを解消するため、「植物も外界を感じ取るセンサーを持っている」と、密かに結論づけた。植物は動けず、モノは言えない生物であるが、虫、鳥、野獣等の存在を感じ、これらを利用して子孫を広く残す方向で進化してきたと思うことにした。それゆえ、植物のお世話をする時には、人知れずに、必ず声掛けをしている。